宇宙状況把握(SSA)とは?観測データの知的財産・情報セキュリティと経済安全保障規制を弁護士が解説
この記事を書いたのは:川村将輝


2023年3月、防衛省・自衛隊は宇宙状況把握(Space Situational Awareness、SSA)システムの運用を開始し、2025年3月からはSSAレーダーの運用も始まりました。
宇宙交通管制(STM)が国際的な議論の途上にあるのと同様、SSAをめぐる法制度もまた発展途上にあり、既存の知的財産法・不正競争防止法の枠組みと、2024年に成立したばかりの経済安全保障関連法制が複雑に交錯する領域となっています。
なお、宇宙交通管制に関する記事は、こちらをご参照ください。
そして、人工衛星や軌道上のデブリの位置・軌道情報を継続的に把握するSSAは、前回の記事で取り上げた宇宙交通管制(STM)を支える情報基盤であると同時に、それ自体が観測データという新たな知的財産、そして国家の安全保障に関わる機微情報を生み出す活動でもあります。2024年5月には経済安全保障推進法関連の重要経済安保情報保護活用法(いわゆるセキュリティ・クリアランス制度)と特許出願の非公開制度が成立し、宇宙関連の情報・技術を扱う企業にとって新たな法的対応が求められる局面を迎えています。
本記事では、企業法務を専門とする弁護士の立場から、SSA観測データの知的財産保護、経済安全保障関連法制への対応、情報セキュリティ体制の構築、輸出管理規制まで、実務的な観点から整理します。
本記事のポイント
- 宇宙状況把握(SSA)の技術的な仕組みと宇宙交通管制(STM)との関係
- SSAをめぐる政策・法的枠組み
- SSA観測データ・軌道情報の知的財産保護(不正競争防止法上の限定提供データ)
- 2024年成立の経済安全保障推進法関連法(セキュリティ・クリアランス制度・特許出願非公開制度)への対応
- SSAデータの情報セキュリティ・サイバーセキュリティ対応
- 輸出管理規制(外為法)とSSA関連技術の国際取引
- SSA関連ビジネスにおけるリーガルリスクマネジメント
宇宙状況把握(SSA)とは何か
SSAの技術的仕組みと国内体制
宇宙状況把握(SSA)とは、地上のレーダーや光学望遠鏡等を用いて、人工衛星やロケット上段、スペースデブリなど軌道上を周回する物体の位置・軌道・状態を継続的に観測し、把握する活動を指します。
日本では防衛省・自衛隊が2023年3月からSSAシステムの運用を開始し、2025年3月からはSSAレーダーの運用が始まりました。JAXAも光学望遠鏡による観測活動を行っており、防衛省とJAXAの間で運用データの相互活用に関する連携が進められています。近年は、政府機関だけでなく民間企業もレーダーや光学センサーを用いた商用SSAサービスを展開しており、官民双方でSSAデータの生成・流通が拡大しています。
海外に目を向けると、米国では商業SSAデータの共有基盤として業界団体主導の枠組みが発展しているほか、複数の衛星運用事業者が任意加盟する形で接近情報を相互に共有する国際的な取組みも存在します。
日本企業がこうした海外の枠組みに参加し、あるいは自らデータを提供・受領する場合には、後述する経済安全保障・輸出管理の論点とあわせて、データ共有先の法域における個人情報・データ保護法制との整合性も確認しておく必要があります。
○宇宙交通管制(STM)との関係
似た概念として、宇宙交通管制(STM)は、SSAによって得られた観測データを基に、実際の衝突回避や軌道利用のルール形成を行う制度的な枠組みです。すなわちSSAはSTMの前提となる情報基盤であり、SSAデータの精度・信頼性・共有のあり方が、そのままSTMの実効性を左右します。
もっとも、SSA自体は観測技術・データという性質を持つため、STMとは異なる法的論点(知的財産保護、情報セキュリティ、経済安全保障)が独自に生じる点が本記事の主題です。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス SSA関連事業に参入する企業は、自社の活動が「観測データの生成・提供」なのか「データを用いた衝突回避判断」なのかを整理したうえで、前者であれば知財・データ保護法制、後者であれば宇宙活動法・衝突防止ガイドラインといったSTM法制がそれぞれ主として問題となる点を意識して社内体制を設計することをお勧めします。 |
SSAをめぐる政策・法的枠組み
宇宙安全保障構想と「宇宙システム全体の機能保証強化」
2023年6月13日に決定された「宇宙安全保障構想」では、通信・測位・観測衛星等の宇宙システムに対する脅威の増大を踏まえ、「宇宙システム全体の機能保証強化」が政策課題として位置づけられています。
この機能保証強化の枠組みの中で、SSA体制の構築・強化が主要な柱の一つとされています。宇宙システムは、通信・測位・地球観測といった機能を通じて、金融、物流、防災、エネルギーなど幅広い経済社会活動の基盤となっていることから、宇宙安全保障構想は宇宙システムを重要インフラの一種として位置づけ、平時からの監視体制と有事における機能維持の両面から対策を講じる方針を示しています。
SSA関連事業者としては、自社が提供する観測データや解析サービスが、こうした重要インフラ機能保証の一翼を担い得るという位置づけを踏まえ、政府との連携における役割と責任の範囲を意識しておくことが重要です。
「宇宙システム安定性強化に関する官民協議会」と官民情報連携ガイドライン
内閣府は、宇宙システムに対する脅威・リスクの拡大を受け、「宇宙システム安定性強化に関する官民協議会」を設置しています。
同協議会には内閣府宇宙開発戦略推進事務局、宇宙システム所管省庁、重要インフラ所管省庁、宇宙システム運用事業者、重要インフラ事業者団体が参加し、「宇宙システムの安定性強化に関する官民連携のガイドライン」に基づいて官民間の情報共有枠組みの構築や連携促進が進められています。SSA情報の取扱いに関する事業者向けの実務指針は、今後この協議会での議論を通じて具体化されていく可能性が高く、事業者としては継続的な動向把握が必要です。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス 官民協議会や連携ガイドラインは現時点で個別事業者への強制力を直接持つものではありませんが、重要インフラ事業者や宇宙システム運用事業者に該当する企業は、将来的にガイドラインへの対応が実質的な業界標準・取引条件化する可能性を見据え、早期に自社の情報管理体制を点検しておくことをお勧めします。 |
SSA観測データ・軌道情報の知的財産保護
不正競争防止法上の「限定提供データ」としての保護
SSA事業者が構築する軌道情報データベースや観測データそのものは、特許法による保護になじみにくい情報である一方、不正競争防止法上の「限定提供データ」として保護され得ます。
同法2条7項は、業として特定の者に相当量提供する電磁的データであって、電磁的方法により管理されているもの(営業秘密を除く)を「限定提供データ」と定義しており、これに該当するデータについては、不正取得・不正使用等に対して差止請求や損害賠償請求が可能となります。SSA観測データがこの保護を受けるためには、①相当量蓄積されていること、②IDやパスワード等による限定提供性・電磁的管理性を満たしていることが重要な要件となるため、データ提供の設計段階からこれらの要件を意識したシステム構築が必要です。
データ利用・提供契約における知財条項の設計
SSAデータを第三者に提供する事業(いわゆる商用SSAサービス)においては、提供データの利用目的の限定、再提供・再配布の禁止、データの二次利用により生成された派生データの権利帰属、契約終了後のデータ消去義務などを契約書上で明確に定める必要があります。特に、複数の事業者から取得したデータを統合・解析して提供するサービスの場合、元データ提供者との契約と、統合後のデータをエンドユーザーに提供する契約の両方について、権利関係の整合性を確認しておくことが重要です。
また、生データそのものではなく、これを一定の体系にしたがって選択・配列したデータベースについては、著作権法上のデータベースの著作物(同法12条の2)として保護される余地もあります。もっとも、機械的に収集された観測データの羅列は「情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有する」とはいえない場合が多く、著作権による保護は限定的です。
実務上は、限定提供データとしての保護、契約による利用制限、そして技術的なアクセス制御という三層構造でSSAデータを保護する設計が現実的です。あわせて、観測データを解析するアルゴリズム自体については、発明としての新規性・進歩性が認められる場合に特許出願を検討する一方、後述する特許出願非公開制度との関係でも出願前の社内審査プロセスを整えておくことが望ましいといえます。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス 限定提供データとしての保護を確実にするためには、社内規程だけでなく、実際のシステム上でアクセス制限(ID・パスワード管理等)が講じられていることが必要です。訴訟における「限定提供性」の立証は技術的な管理状況の立証と一体であるため、法務部門とシステム部門が連携し、データ管理体制を定期的に見直すことをお勧めします。 |
経済安全保障推進法とSSA関連情報・技術の管理
重要経済安保情報保護活用法(セキュリティ・クリアランス制度)への対応
2024年5月17日に公布された重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(いわゆるセキュリティ・クリアランス制度)は、我が国の安全保障確保に特に秘匿が必要な重要経済基盤関連情報を保護する体制を確立するものです。
内閣府|重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護活用法)
同法は、政府職員だけでなく、秘密情報へのアクセスが必要な民間企業の従業員も適性評価の対象とし、事業者が「適合事業者」として認定を受けることで重要経済安保情報の提供を受けられる仕組みを設けています。適性評価では、対象者本人の同意を前提に、犯罪歴や薬物の濫用及び影響、精神疾患、飲酒についての節度、信用状態その他の経済的な状況、そして情報の取扱いに係る過去の違反歴等が調査事項とされており、企業としては対象従業員のプライバシーへの配慮と同意取得プロセスの整備が実務上の課題となります。
SSA関連事業者が防衛省・内閣府等から機微な軌道情報や脅威情報の提供を受ける場合、将来的に適合事業者認定の要否が問題となる可能性があるため、政府調達・連携事業への参画を検討する企業は本制度の動向を注視する必要があります。
特許出願の非公開制度とSSA関連発明への影響
経済安全保障推進法に基づく特許出願の非公開制度は、令和6年5月から運用が開始されています。
同制度は、安全保障上機微な発明について、特定技術分野に該当する場合に特許出願の公開を留保し、情報の流出を防止する仕組みです。SSA関連技術(高精度な軌道推定アルゴリズム、レーダー・光学センサー技術等)は、今後の技術分野の追加指定により対象が拡大する可能性は否定できません。SSA関連の研究開発を行う企業は、特許出願前に自社発明が非公開制度の対象となり得るかを検討するプロセスを社内の知財管理フローに組み込んでおくことが望ましいといえます。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス セキュリティ・クリアランス制度・特許出願非公開制度は、いずれも施行から日が浅く、対象範囲や運用の詳細が今後の政省令・運用指針で具体化されていく段階にあります。SSA関連の研究開発や政府連携事業を行う企業は、知財部門と法務部門が連携し、発明ごとに非公開制度該当性を確認するチェックリストを整備しておくことをお勧めします。 |
SSAデータとサイバーセキュリティ対応
サイバーセキュリティ経営ガイドラインに基づく体制整備
SSAデータを扱う事業者は、データそのものの機微性に加え、観測システムやデータベースへのサイバー攻撃によるデータ改ざん・窃取のリスクにも対応する必要があります。
経済産業省・IPAが策定する「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」は、経営者が認識すべき3原則(経営者がリーダーシップをとってサイバーセキュリティ対策を推進する必要があること、自社は勿論、ビジネスパートナーや委託先も含めたサプライチェーンでの対策が必要であること、平時及び緊急時のいずれにおいても関係者との適切なコミュニケーションが必要であること)と、経営者が指示すべき重要10項目を示しています。
SSA関連事業者においても、経営層が自らサイバーセキュリティリスクを経営課題として認識し、対策の実施状況を把握する体制を構築することが求められます。特に観測データやその解析結果を防衛省・内閣府等の政府機関に提供する事業者にとっては、委託元から求められるセキュリティ水準が一般の商取引よりも高くなる傾向があるため、政府調達に参画する前提として自社のセキュリティ体制を国際規格(ISO/IEC27001等)に照らして点検しておくことも有用です。
アクセス管理・第三者提供の統制設計
SSAデータの取扱いにおいては、社内の閲覧権限の階層化、外部提供時の相手方の身元確認・利用目的確認、提供ログの保存、異常アクセスの検知体制の整備が重要です。特に前述の限定提供データとしての法的保護を確保する観点からも、技術的なアクセス制御は法的保護の実効性を支える基盤となります。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス サイバーセキュリティ体制の整備は「技術部門の課題」と捉えられがちですが、限定提供データの法的保護、経済安全保障関連法制への対応、契約上の秘密保持義務の履行確保という複数の法的要請が重なり合う領域です。情報セキュリティ規程の策定・見直しには、法務部門が早期から関与することを強くお勧めします。 |
輸出管理規制(外為法)とSSA関連技術の国際取引
リスト規制・キャッチオール規制の基本
SSA関連技術(高精度レーダー、光学センサー、軌道解析アルゴリズム等)は、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく輸出管理規制の対象となり得ます。同法は、輸出貿易管理令の別表で個別に品目を定める「リスト規制」と、リスト規制品目に該当しない場合でも大量破壊兵器等への転用のおそれがある場合に規制対象とする「キャッチオール規制」の二本立てで運用されています。
SSA関連の高精度な観測・解析技術は、軍事転用可能性の観点から該非判定(規制対象に該当するか否かの判定)を慎重に行う必要がある分野です。
○国際共同研究・海外事業者とのデータ共有における留意点
SSAデータや解析技術を海外の研究機関・企業と共有する場合、技術データの提供自体が「役務取引」として外為法上の許可の対象となる可能性があります(いわゆるみなし輸出規制)。
2022年の運用明確化以降、居住者が非居住者に対して技術を提供する行為は、実際に国境を越えるデータの移動がなくても輸出とみなされる場合がある点に留意が必要です。国際共同研究契約や海外投資家とのデータ共有契約を締結する際には、契約締結前に該非判定を実施し、必要に応じて経済産業省への許可申請を行う体制を整えておく必要があります。また、外国資本の出資を受け入れる場合には、外為法上の対内直接投資規制(事前届出制度)の対象となるかについても、あわせて確認しておくことが望ましいといえます。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス 輸出管理は多くの企業で貿易実務部門の所管とされがちですが、SSA関連技術のように新しい技術領域では該非判定基準そのものが未整備な場合があります。契約担当者・研究者向けに、国際的なデータ・技術共有の前に法務・貿易管理部門への相談を必須とする社内フローを整備しておくことをお勧めします。 |
SSA関連ビジネスにおけるリーガルリスクマネジメント
データ誤り・誤情報提供時の民事責任
SSA事業者が提供する軌道情報に誤りがあり、それを信頼した衛星運用者が衝突回避に失敗した場合、SSA事業者は債務不履行責任や不法行為責任を問われる可能性があります。もっとも、SSAデータはあくまで観測に基づく推定情報であり、一定の誤差を伴うことが技術的に不可避であるため、契約上、提供データの性質(参考情報である旨)、免責事由、責任制限条項を明確に定めておくことが重要です。
特に、無償又は低廉な対価で広く提供されるSSAデータ(いわゆるパブリックカタログ)と、有償で高精度な解析を付加して提供するプレミアムサービスとでは、事業者に求められる注意義務の水準が異なり得るため、サービス類型ごとに利用規約・契約書上の責任分配を作り分けておくことも実務上有用です。
契約・保険・社内体制の設計
SSA関連事業者は、データ提供契約における責任制限条項の設計に加え、専門家賠償責任保険(E&O保険)等によるリスク移転、インシデント発生時の対応フロー、そして本記事で解説した知財・経済安全保障・輸出管理の各論点を横断的に管理する社内体制(例えば知財・法務・セキュリティ担当者による定期的なクロスファンクショナルレビュー)を構築することが望ましいといえます。
海外の事業者との取引が想定される場合には、紛争解決条項についても、日本の裁判所による訴訟だけでなく、国際仲裁条項の採用を検討する価値があります。とりわけ、技術情報の秘匿性が高い紛争では、非公開で進行する仲裁手続の方が、当事者の営業秘密やセキュリティ・クリアランス対象情報の保護に資する場合が少なくありません。
| 💡 弁護士からのワンポイントアドバイス SSA関連ビジネスは、知的財産・情報セキュリティ・経済安全保障・輸出管理という複数の法分野が交差する領域であり、一つの部門だけでリスクを網羅することは困難です。契約書のひな型を作成する段階から、法務・知財・情報システム・貿易管理の各部門が横断的にレビューする体制を構築しておくことが、将来の紛争・行政処分リスクを最小化する鍵となります。 |
まとめ
本記事では、宇宙状況把握(SSA)をめぐる法規制について、SSAの技術的仕組みと宇宙交通管制(STM)との関係、宇宙安全保障構想・官民協議会といった政策的枠組み、SSA観測データの知的財産保護(不正競争防止法上の限定提供データ)、2024年成立の経済安全保障推進法関連法(セキュリティ・クリアランス制度・特許出願非公開制度)、サイバーセキュリティ体制、輸出管理規制、そしてリーガルリスクマネジメントの視点まで、実務的な観点から整理しました。
SSAをめぐる法制度は、知的財産法・不正競争防止法といった伝統的な法分野と、経済安全保障推進法という比較的新しい法制度が交差する分野であり、今後も制度の具体化が進むことが見込まれます。企業としては、技術部門・知財部門・法務部門・貿易管理部門が連携した横断的な体制を構築し、政策動向を継続的にモニタリングしながら柔軟に対応していくことが、事業機会の獲得とリスク管理の両立につながります。
