日本版の司法取引というのはどのような内容ですか。
この記事を書いたのは:旭合同法律事務所(名古屋)
日本版司法取引の制度がスタート
平成28年の刑事訴訟法改正によって、いわゆる日本版司法取引の制度が導入され、今年(平成30年)6月1日からスタートしました。
アメリカで定着している本来の司法取引は、自分の刑事事件について有罪の答弁をすると公判での証拠調べ手続きを省いて直ちに有罪判決をする制度であり、検察官と被告人・弁護人の間で有罪答弁と引き換えに刑を軽くする取引が行われるところから、司法取引と呼ばれてきました。
アメリカ型の司法取引とは違う内容
日本では、アメリカで行われているような司法取引は利益誘導に当たるとして禁止されており、このような取引によって被疑者・被告人から得た供述は任意性がないため、刑事事件の証拠としては使えない(証拠能力がない)ことになっています。
このたびスタートした日本版司法取引は、他人の刑事事件について、証拠収集に協力する見返りに自分の刑事事件で検察官から軽い処分を得るもので、アメリカ型の司法取引とは違う内容です。
日本版司法取引は、正式には「協議・合意制度及び刑事免責制度」と呼ばれ、特定の組織的な財政経済犯罪とか薬物銃器犯罪について、検察官と被疑者・被告人(協力者)が、弁護人の同意がある場合に、協力者が他人(標的者)の刑事事件について一定の協力行為をし、検察官が協力者の刑事事件について、一定の処分を軽くすることを合意する制度です。
- Q 日本版司法取引の制度が導入されたのは、なぜですか?
- A 組織的な一定の犯罪で、首謀者の関与状況を含む事案の真相を解明するために必要な供述などの証拠収集を可能とする新しい証拠収集方法として導入されました。
- Q 日本版司法取引では、合意するのは誰と誰ですか?
- A 合意する当事者は、検察官と被疑者・被告人です。この場合の被疑者・被告人は、本人または協力者と呼ばれます。
- Q 合意する場に弁護人は立ち合いますか?
- A 合意の成立には弁護人の同意が必要ですから、弁護人が必ず同席します。
- Q 日本版司法取引制度が適用されるのは、どのような犯罪ですか?
- A 一定の組織的な経済犯罪(例えば贈収賄など)や銃器・薬物犯罪(いわゆる特定犯罪)が対象になります。その場合、本人(協力者)の事件と他人(標的者)の事件の双方が特定犯罪あることが必要です。ただし、死刑または無期の刑が定めれれている犯罪は、対象から外されています。
- Q 協議はどのように始められるのですか?
- A 検察官、被疑者・被告人、弁護人の三者いずれからでも協議を申し入れることができます。申し入れがあると、協議を開始するかどうかについて三者間での意見交換が行われます。協議を開始することが決まると、三者連名による「協議開始書」が作成された上で、協議が始まります。
- Q 協議に参加する当事者は誰ですか?
- A 協議は検察官、本人(協力者)、弁護人の三者が参加して進められます。
- Q 協議は、どのように行われますか?
- A 事案によって違いますが、一般的には (1)弁護人による、本人が行うことができる協力行為の内容の提示。(2) 検察官による、本人からの供述聴取。(3) 検察官による、処分の軽減等の内容の提示。(4) 検察官と弁護人の間で、合意の内容などについて意見の交換。などが行われることが考えられています。
- Q 協議の際に行われる検察官による本人に対する供述聴取は、どのように進められますか?
- A 検察官が本人(協力者)に対し、他人(標的者)の刑事事件について供述を求め、これを聴取しますが、予め本人に黙秘権を告知しておく必要があります。本人からの供述聴取は、協議の一部として行われるため、必ず弁護人が同席しています。
- その点で、通常の取り調べとは違います。なお、協議の過程は、検察官によって「協議経過報告書」が作成されます。
- また、協議の結果、合意が成立しなかった場合は、協議の場でなされた本人(協力者)の供述は、本人の事件でも他人(標的者)の事件でも証拠として使うことはできません。
- Q 合意する内容は、どのような項目ですか?
- A 合意内容は、本人が行うことと検察官が行うことに分かれます。まず本人が行うことは、(1) 取調に際し、他人(標的者)の事件で真実の供述をする。(2) 他人の事件で証人尋問を受ける際、真実を供述する。(3) 他人の事件の証拠提出その他必要な協力をする。です。次に検察官が行うことは、本人に対する処分を軽減することです。処分の軽減には (1) 起訴しない。(2) 起訴を取り消す。(3) 特定の訴因・罰条によって公訴を維持する。(4) 特定の訴因・罰条の追加、撤回、変更を請求する。(5) 特定の求刑をする。(6) 即決裁判を申し立てる。(7) 略式命令を請求する。(8) その他合意目的を達するため必要な措置(例えば取調べの録音・録画を拒否しない)をとる。があります。
- Q 成立した合意には、どんな効果がありますか?
- A 合意が成立すると、検察官、本人、弁護人の三者連名による「合意内容書面」が作成されます。この書面が作成された時点で合意が成立します。これによって、本人及び検察官は、Q9に対するAに記載した合意事項を実行する義務を負います。
- Q 成立した合意は、公判でどのように扱われますか?
- A 検察官は、協力者本人の刑事事件では、必ず合意内容書面の証拠調べを請求する義務があります。
- また、合意から離脱したときは、その場合に作成される合意離脱告知書の証拠調べを請求する必要があります。
- 一方、他人(標的者)の刑事事件では、合意に基づく協力者の供述調書または証言等を証拠として用いる場合、検察官は合意内容書面及び合意離脱告知書の証拠調べを請求しなければならないことになっています。
- Q 合意が成立すると、以後は合意を解消したり合意から離脱できないのでしょうか?
- A 本人(協力者)又は検察官に合意違反があったとき、相手方は合意から離脱することができます。
本人の方から離脱できる場合としては、(1) 訴因変更が許可されなかったとき。(2) 求刑より重い刑が宣告されたとき。(3) 即決裁判の申し立てが却下されたとき。(4) 略式請求の合意をしたのに正式裁判になったとき。です。
検察官の方から離脱できるのは、(1) 協力者が協議の際に行った供述が真実でないことが明らかになったとき。(2) 協力者が合意に基づいて行った供述が真実でないこと又は合意に基づいて提出した証拠が偽造・変造されたものあることが明らかになったとき。です。
合意からの離脱は、その理由を記載した「合意離脱告知書」を作成し、相手方に交付して行います。
なお、合意からの離脱ではありませんが、不起訴の合意があったのに検察審査会が「起訴相当」または「不起訴不当」、「起訴」の議決をしたときは、合意は将来に向かって効力を失います。
この場合は、合意に基づいてなされていた供述は、協力者本人の刑事事件では証拠能力(証拠とする資格)がなくなります。
しかし、他人の刑事事件では証拠能力の制限を受けません。
- Q 日本版司法取引制度の問題点は何ですか?
- A 合意した本人が虚偽の供述をして、無関係な第三者を巻き込んだり、第三者に責任を転嫁する可能性が否定しきれないと言われています。
- そのため、協議における本人の供述の信用性を徹底して検討し、検察官も弁護人も安易な運用に陥らないよう自覚することが肝要です。
この記事を書いたのは:
旭合同法律事務所(名古屋)