相続税の基礎控除
日本では年間に約120万人が亡くなっていますが、そのうちで相続税の課税対象となる遺産の人は5%もいません。言い換えますと、95%以上の人が相続税を払わなくてもいい仕組みになっています。
では、どんな時に相続税がかかってくるのでしょうか?
ほとんどの人が相続税を払わなくてもいいのは、一定金額まで控除される制度になっているからです。
この一定金額を「基礎控除額」といいます。遺産が基礎控除額より少なければ相続税はかかりませんし、税務申告も不要です。
現在の制度では、基礎控除額を次の算式で計算します。
5,000万円+(1,000万円×法定相続人の数)=基礎控除額
〔平成27年1月1日以降は、3000万円+(600万円×法定相続人の数)〕
ですから、被相続人が妻と子3人を残して亡くなった場合は、法定相続人が4人になり、相続する財産(総資産から総負債を差し引いた純遺産)が9,000万円以下であれば、4人で分けて相続しても、1人が全部相続しても課税されません。
法定相続人の人数が多いほど、基礎控除額が一人増えるごとに1,000万円ずつ増えてくることに気付かれたでしょうか。
そして、この場合の法定相続人には、相続放棄をした人も養子も含まれます。ただし、相続税法は養子について人数制限をしており、むやみやたらに法定相続人の数を増やして税金逃れをすることができない対策を講じています。
相続税法上の法定相続人としてカウントできる養子は
ア 実子が一人いる場合は養子1名のみ
イ 実子がいない場合は養子2名まで
と決められています。
相続税の計算手順
相続税の計算は、階段を一つずつ昇るように手順を踏んで計算する仕組みになっています。
その階段をおおまかにご案内します。
1番目の手順
まずは、遺産はどれだけあるのかを計算することになります。相続税の計算の大部分は、この1番目の手順に費やされます。
まず、不動産、現金、預貯金、有価証券、動産、死亡保険金、死亡退職金、被相続人から3年以内に贈与された財産のほか、相続時精算制度を選択した場合は、選択した年以降すべての年に贈与された財産などを合計します。
「土地」の課税価格を計算するときには「小規模宅地の特例」があることを知っておきましょう。
簡単に言うと、被相続人の居住用宅地の敷地が240㎡(平成27年1月1日からは330㎡)の部分までであって、配偶者や同居の親族、家がない子がこれを相続した場合には、宅地の課税価格を80パーセント減額するというものです。これは大きいですよね。
次に、こうした課税価格の合計額から、被相続人の債務(借入金、税金の未払い分、住宅ローンの残額、未払い医療費など)、葬式・納骨費用、非課税財産(お墓、仏壇・仏具、公益法人などへの寄付、死亡保険金等の非課税)の額を差し引きます。
非課税財産の中に「死亡保険金」(500万円×法定相続人数)が含まれていることを知っておきましょう。
死亡保険金は節税になることがここからもよく分かります。
こうした計算で出される価格を「合計課税価格」と言います。
2番目の手順
最初の手順で計算した合計課税価格から、相続税の基礎控除額を差し引いて、「課税される遺産総額」を算出します。
このとき、課税価格の合計額が基礎控除額以下であれば、相続税は課税されません。
3番目の手順
一つ前の2番目の手順で「課税される遺産総額」がある場合のみ、3番目の手順に進みます。
この階段では、各相続人の仮の相続税を計算します。
その方法は、まず、各人が法定相続分に応じて財産を取得したものと仮定して、各人ごとの取得金額を計算します。
この場合は、相続放棄をした人がいても放棄がなかったものとして、その人の分も含めて計算します。
次いで、相続税の速算表に当てはめて、各人の仮の税額を算出します。この速算表はインターネットでも取り出せますし、やさしい税法など初歩的な解説書にも載っています。その一部を紹介しておきます。
(取得金額) | (税率) | (控除額) |
1,000万円以下 | 10% | 0円 |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
4番目の手順
ここでは、一つ前の手順で算出した「各人の仮の相続税額」をすべて合計して、「相続税の総額」をはじき出します。
5番目の手順
「相続税の総額」を、各相続人が実際に取得した財産の価額の比率によって按分し、「相続人ごとの税額」を計算します。
そして、被相続人の一親等の血族(代襲相続の孫なども含まれます)と配偶者は、この税額が「各相続人の分担税額」になりますが、それ以外の相続人については、「相続人ごとの税額」に20%相当額を加算します。
このようにして計算された金額が「各相続人の分担税額」です。
6番目の手順
いよいよ最後の階段までたどり着きました。
ここでは「各相続人の分担税額」から、贈与税額の控除、配偶者の税額軽減(配偶者控除)、未成年者控除、障害者控除、などの控除額を差し引いて、「各相続人の納付税額」を算出して、無事に計算が終わります。
ここで、一番重要なものは「配偶者の税額軽減(配偶者控除)」ですね。配偶者の税額軽減とは、配偶者であれば法定相続分相当額まで控除される(または1億6000万円まで控除される)というもので、ざっくり言うと、配偶者はその法定相続分の限度で相続していれば、税金は課税されませんよ、というものです。
ご苦労様でした。実際には計算から申告まで税理士に任せるのが無難ですが、この手順どおりに進めていけば、おおよその税金を前もって把握できます。また、この手順を知っていれば、節税の智恵も浮かんできます。
生前贈与と相続とどっちがいいの
贈与税は高い、と聞いたことはありませんか。税金の面だけで比較すれば、相続の場合は9割以上の人が基礎控除によって相続税を課税されませんから、生前贈与よりも相続に委ねた方がいいということになります。
一般的には、高い贈与税の課税を避けるために生前贈与は特に必要がある場合に限って実行し、格別急ぐ必要もないのであれば、相続で財産の引き継ぎをするのが無難といえそうです。
生前贈与のときに問題となる「贈与税」についてですが、まず、贈与税法という法律はありません。相続税法の中に贈与に関する税金のことが定められています。
そして、普通の贈与税は1年単位で課税されるので「暦年課税」と呼ばれています。
これは、1人の人が1月1日から12月31日までの1年間に貰った財産の合計額から基礎控除額の110万円を差し引いた残りの金額に対して贈与税がかかります。たとえば、両親から1年間のうちに、100万円を2回貰った人は年間で200万円になりますから、基礎控除額を差し引きして90万円に対する贈与税を納付することになります。贈与税の税率は贈与額に応じて異なります。
しかし、この贈与税にはいくつか例外があります。
たとえば、110万円を超える財産をもらっても、婚姻期間20年以上の夫婦の間で居住用の不動産を取得するための金銭をもらった場合は、2,000万円の「配偶者控除」が適用されます(つまりその範囲では贈与税が課税されない訳ですね)。
また、子が大学に通うための学費や生活費を親が払う場合も、常識的な金額の範囲であれば扶養義務の履行として扱われ、贈与税の対象にはなりません。
でも、子供がどうしても今すぐまとまった資金が必要だ、親が死んでからの相続を待っていたのでは間に合わない、そういう場合もあります。でも、生前贈与をしてしまうと贈与税が気になります。そのような場合に利用できる制度が用意されていますので、検討されてはいかがでしょうか。
その代表的なものが「相続時精算課税制度」です。
相続時精算課税制度
「相続時精算課税制度」とは、一定の条件を満たせば、子Aが親Bから生前に贈与を受けた財産があっても、2500万円までは贈与税は非課税となるというものです。
他方、この2500万円を越える部分に対しては、一律20%の贈与税が課されます。
この制度では、その後、親Bが死去すると、死亡に伴い子Aが相続した財産とすでに贈与を受けた財産とを合算し、その合算額が相続した財産とみなして相続税がいくらかかるかを計算します。
そして、すでにAが納めてきた贈与税を相続税の予納分と考えて精算するのです。払いすぎがあれば還付を受けることができます。
まさに相続時に精算をするわけですね。相続時に精算する訳なので、相続税対策にはなりませんが、今すぐ子供に生前贈与をする必要がある場合には利用価値があります。
この相続時精算課税制度は、下記要件を満たしていれば利用することができます。
贈与者 → 65歳以上の親(平成27年1月1日以降は、60歳以上)
受贈者 → 贈与者の推定相続人である20歳以上の子(平成27年1月1日以降は、20歳以上の孫もOK)
この場合の年齢は、贈与の年の1月1日現在で数えます。
対象財産→ 財産の種類、金額、回数に制限はありません。
ただ、この制度を利用するためには、決められた手続きをしておく必要があります。それは、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、納税地(通常は子の住所地)を管轄する税務署長に対し、相続時精算課税選択届書に子の戸籍謄本その他の書類を添えて、贈与税の申告書と一緒に提出します。
この制度は、子が何人いても各自が、父・母ごとに選択できます。
一度この制度を選択しておけば、親からの相続が始まるまで継続して適用されます。
その一方で、一旦この制度を選択すると、途中から普通の暦年課税に変更(戻す)ことはできません。つまり、相続時精算課税制度を選択した年以降は、この制度の対象となる親から贈与を受けても暦年課税の基礎控除110万円を差し引くことはできません。
したがって、それ以下の金額でも親から贈与を受けたときは、必ず贈与税の申告をしなければいけません。
そして、実際に贈与税を納めるかどうかは、限度額2500万円の特別控除額の未使用枠次第ですが、申告だけは必ず必要です。
相続時精算課税制度のデメリット
親が子供にまとまった資産を生前贈与する必要があるときにまず考えるのが相続時精算課税制度です。
これは、ざっくり言うと、生前贈与をすると本来なら贈与税が課税されるのですが、この相続時精算課税制度の税務申告をすると、2500万円までは贈与税が非課税で、親が亡くなった時に贈与財産を相続財産とみなして相続税で処理する、というものです。
この制度、いくつか気をつけないといけないことがあるのですが、その1つが相続時精算課税制度を使って土地を生前贈与してしまうと、小規模宅地の特例が使えない、ということです。
小規模宅地の特例とは、ざっくり言うと、一定の要件を満たす土地については、その評価額を最大で5分の1にまで減額して相続税の計算をすることができるというものです。これは節税効果がとても大きいものです。
ですから、土地を相続時精算課税制度を利用して生前贈与をするときには、慎重に検討する必要があります。
相続時精算課税適用の養子は縁組解消後も適用が続きます。
贈与回数が無制限で、複数年にわたり親から贈与を受けても、特別控除額(限度額)2500万円までは贈与税の課税対象にされず、親が死亡の際に相続したものとして、相続税の対象とする制度が相続時精算課税制度です。
この制度を選択することができるのは、親が65歳以上で、子(子が亡くなっているときは孫を含む)が20歳以上の場合です。子の中には実子だけでなく、養子も含まれます。
限度額2500万円に達するまでは、同じ親から何回贈与を受けても、そのときは贈与税を課せられないので、若い世代は親の遺産を先取り活用することができます。限度額を超えた場合は、超えた部分だけがその年度の贈与税対象になります。
この制度の適用を受けるには、相続時精算課税選択届書を提出期限(原則として贈与の年の翌年3月15日)までに税務署へ提出する必要があります。
縁組を解消し、養子だった人が養親の推定相続人ではなくなった後も、制度の適用は続きます。養子縁組解消後に元の養親から何回贈与を受けても、そのトータルが2500万円に達するまでは、贈与税の課税対象とはされません。
なお、この制度を選択した後の贈与トータルが2500万円に届かず、贈与税の課税対象にならない場合でも、期限内に申告しておく必要があります。期限内の申告がない場合は、特別控除が適用されず、通常の贈与税に加算税や絵延滞税がかかることもありますから、注意しましょう。
その他の贈与税の非課税制度
相続時精算課税制度の他にも、「住宅取得資金の非課税制度」や「教育資金の一括贈与の非課税制度」もありますが、どちらも、時限立法となっていますので、ここでは省略します。
また、「障害者」の生活の安定を図ることを目的とした「特定贈与信託制度」というのもあります。特定贈与信託は、親族や篤志家などが信託銀行にまとまったお金を信託し、信託銀行は障害者へ定期的に少しずつ支払う、というものです。この信託を利用すると、最大6000万円まで贈与税が非課税となります。興味のある方は調べてみて下さい。
贈与税の特例
婚姻期間が20年以上の夫婦には居住用不動産又は不動産の購入資金を配偶者へ贈与する場合には最高2000万円の配偶者控除の特例があります。
但し,要件があり
①財産を取得した日から翌年の3月15日までに,贈与によって取得した日本国内の家屋又贈与を受けた金員で取得した国内の家屋に配偶者が住み,3月15日以降も住む見込みであること
②今まで配偶者控除を適用していないこと
③贈与された翌年の3月15日までに贈与税の申告書を配偶者が提出することです。
相続にも影響しますし、一生に1回しか利用できないのでよく吟味してご利用下さい。
贈与を受けたのに相続とされる財産
亡くなる前3年以内にもらった財産は、相続税の対象にされます。
3年以内前にもらった財産は、亡くなった日には、亡くなった人の財産ではないにもかかわらず、相続税がかかるのはなぜでしょうか。
この制度が設けられた理由は、駆け込み的な生前贈与によって、相続財産を減らして相続税を安くすることを防ぐためです。 亡くなる前3年以内であれば、贈与税がかかっていたかどうかに関係なく、年間110万円以下の贈与や死亡した年に贈与された財産も、すべて相続財産に加算して相続税がかかります。
その例外は、配偶者特別控除の特例を受ける贈与、直系尊属からの住宅取得資金非課税特例を受ける贈与、直系尊属からの教育資金非課税特例を受ける財産などです。
なお、亡くなる前3年以内に贈与を受けた財産の贈与税額は、加算された人の相続税を計算するとき、税額控除になります。
そもそも亡くなった人の遺産が、相続税の基礎控除額以内の場合は、この制度は何ら影響がありません。 この制度の影響を最も受けるのは、相続税を納付する人で、かつ、年間基礎控除額110万円以内の贈与を受けていた人と、亡くなった年に生前贈与を受けていた人です。
孫への生前贈与と相続税
相続税の節税のために、生前贈与をすることがあります。生前贈与をするとその分だけ遺産が減るわけですから、相続税も減ります。もっとも、相続などにより財産を取得した人が、被相続人からその相続開始前3年以内(死亡の日からさかのぼって3年前の日から死亡の日までの間)に贈与を受けた財産があるときには、その人の相続税の課税価格に贈与を受けた財産の贈与の時の価額を加算することになっています。
ざっくり言うと、推定相続人である子供に生前贈与した場合、それが死亡時から3年前までの生前贈与であれば、相続税の対象になって節税にはならないけど、3年よりも昔の生前贈与なら相続税の対象にならず節税になる、ということですね。
では、相続によって遺産を受け取らない孫などへの生前贈与の場合はどうでしょうか。
この場合は、3年以内であろうとなかろうと、相続税の対象にはならないため、相続税の節税になります。
病気などで余命宣告されているような方の場合、相続税の節税のために、孫へ生前贈与して節税対策とする方も多いです。もちろん、生前贈与のときには、贈与税の問題がありますから、それをよく検討しておく必要はあります。もっとも、贈与税の基礎控除(110万円)の範囲内なら贈与税はかかりませんから、何の心配もありませんけどね。
相続税の時効
国税にも時効による消滅があります。時効消滅の期間は5年です。
ただし、更正若しくは決定、賦課決定、納税に関する告知、督促及び交付要求があると時効が中断します。
最近は国税、地方税ともに徴収に力を入れているので、滞納税金の相談が増えています。
相続税の基礎控除と相続放棄
相続人が複数いる事案で、相続人の1人が相続放棄をしているのですが、相続税の基礎控除はどのように計算するのですか、との相談がありました。
平成27年1月1日以降において生じた相続については、以下のように相続税の基礎控除を計算します。
(計算式)
基礎控除額=(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)
そして、この法定相続人の数には相続放棄をした人も含まれます。ですから、相続放棄をした人がいても相続税の基礎控除の金額は変わりません。
相続税の基礎控除の範囲に収まれば、相続税の申告もする必要がありません。
ただ、最近、税務署が遺族に対して、相続税の申告の要否を判断するために遺産の概要などを問い合わせる連絡文書を送っているケースが多くなっているようです。