お互いに年輪を重ねたご夫婦が、連れ合いの面倒を見るのは当たり前ですから、宣言なんて要らないのが普通ですね。
ところが、自営で商売をしている夫が倒れたり、多くの借金を抱える羽目にでもなると、面倒を見るのがむつかしくなります。
まだ蓄えが充分ある今のうちに、自分と妻が死ぬまで安心して生活できるように、手当てをしておく方法の一つに「自分と妻の面倒を自分に信託する」というのがあります。
自分と妻の面倒を自分に信託する
たとえば、自分(甲野太郎)と妻(甲野花子)の老後の生活費や、施設へ入所するようになった場合の費用を支給することを目的に定めて、今の蓄えの中から一定の資産を自分(甲野太郎)に信託します。
信託した資産は信託財産となるため、自分(甲野太郎)の固有財産から独立分離され、自分(甲野太郎)の債権者による強制執行が制限されます。また、相続財産にも含まれません。
そのため、自分(甲野太郎)の財産の中で、どれが信託の目的にだけ利用できる信託財産かを特定しておきます。
預金などの金融資産であれば「信託口甲野太郎」という名義に、賃貸アパートなどの不動産や株式などの有価証券であれば、信託の登記とか登録をして、自分(甲野太郎)の一般財産とは区別します。
信託目的のため自分の財産を差し出す人を「委託者」といいますが、上の例では甲野太郎が委託者です。
託された財産を「信託財産」といいます。
この財産を管理運用して、信託財産の中から信託の目的に従い、受益者に必要な生活費の支給や医療費・施設費の支払いを実行する人を「受託者」といいます。
上の例では、甲野太郎が受託者です。
自分が委託者になり受託者にもなることができるので、このタイプの信託は「自己信託」といわれます。
自己信託は、改正された信託法で新しく取り入れられた制度です。
この信託によって、受託者から支給を受ける人を「受益者」といいます。
上の例では、甲野太郎と甲野花子が受益者です。お察しのとおり、これは夫婦の老後の安心設計を法律に裏打ちされた確たるものにしてくことができます。
その意味で「福祉型信託」とも呼ばれます。
福祉型信託制度の活用
先行する制度としては、よく似ているのが成年後見です。しかし、成年後見は本人が死亡すると終了するので、夫亡き後の妻の問題には手を差し伸べることができません。
では、妻の老後を安心できるよう、妻に相続させる遺言を書いておけば足りるのでしょうか?
そうでもありません。遺言は、自分が死亡したとき初めて効力が発生するので、自分が痴呆症になっても生存中は、自分と妻の生活を安定させるのに遺言は役立ちません。
また、自分の死後、妻が寝たきりになったりして相続財産の管理などができなくなると、遺言のみでは老後の妻の面倒を見るには限界があります。
甲野太郎は、自分が死亡したり認知症になった場合に備え、信託を設定するとき、自分の長男か長女を二次受託者に指定しておきます。
そうすれば、自分が受託者としての役目を果たせなくなっても信託は継続されるので安心できます。
その場合は、信託財産が二次受託者の名義へと引き継がれます。
甲野太郎と甲野花子が二人とも死亡したとき、信託は目的を果たして終了します。
最初の信託を設定する際、信託終了時の残余財産受益者として子とか孫を指定しておけば、残りの信託財産は指定された者に給付されます。
残余財産受益者として複数を指定し、その支給割合を指定することもできますから、遺言を兼ねることもできます。
このように、福祉型の自己信託は、遺言でも成年後見の制度でも果たせない夫婦の老後の安心設計を確かなものにしておくことができます。
この福祉型自己信託は、公正証書にしておくことが大切ですが、このように耳寄りな制度にもかかわらず、発足して日が浅く一般にはあまり知られていません。
信託は、家族の間や信頼できる知人との間で、誰でも利用できます。
信託の目的も犯罪行為にわたる内容でない限り自由に設定できます。
当事務所では、弁護士全員で新しい信託制度の勉強会を重ねています。お気軽に声をかけていただけば、知恵を出し合い、あなたにもっともふさわしいタイプの信託を組み立てることができるものと自負しています。
弁護士 高橋 寛