信託設定で相続時のスムーズな財産管理

最近は、財産の多少にかかわらず、遺言の必要性が広く認識されるようになってきました。
その背景には、どの金融機関でも、預金者の死亡を知ると預金の払い戻しを凍結してしまうため、遺族としては、一家の中心者が残してくれた預金口座のお金を通夜や葬儀の準備に、すぐには使えない不具合が起きていることも一因だと思われます。
例えば、父親が自分名義の定期預金(1000万円)を、「長男と長女に2分の1ずつの割合で相続させる。」という遺言をしていたとします。
遺言執行者は、この遺言を執行するため、銀行に遺言書を持ち込んで定期預金の解約・払い戻しを請求し、払い戻された元利金を二等分して、長男と長女に渡して遺言の執行をすることができます。
遺言がない場合は、金融機関の多くは定期預金の解約・払い戻しに相続人全員の実印を押した書類に、印鑑証明書を添付することを求めてきます。
でも、遺言があれば遺言執行者の印鑑一つで足りますから、先ほどの不具合は解消されそうですね。
しかし、遺言だけでは、まだ不具合が完全には解消されません。
遺言執行者が定期預金を解約して払い戻しを受けるまでの手続きに、思いのほか日時がかかるからです。
被相続人と相続人との続柄を明らかにする戸籍謄本の取り寄せや、遺言公正証書謄本の準備などにある程度の日数が必要です。
また、銀行の対応によっては、更に日時を要する場合が起きます。
このように見ていくと、遺言があるからと言うだけでは、必ずしも相続の手続きがすんなり進むとは限りません。
ところが、平成19年に改正された信託法による家族信託を利用すれば、上記のような不具合はほぼ完全に解消されます。
信託には色々のスタイルがありますが、先ほどの不具合を解消するものとしては、「遺言代用信託」がお薦めです。

遺言代用信託

これは、先ほどの事例を借りると、父を委託者とし、長男を受託者として、父と長男が信託契約を締結します。
契約の内容は、父名義の定期預金(1000万円)を信託財産として長男に信託し、契約時に定期預金の名義を長男へと信託を理由に名義変更しておき、父の生存中は父を受益者(生存中の受益者)とし、父の死亡を始期として長男と長女が受益権を取得する(死亡後受益者)とします。
信託財産となった1000万円の定期預金は、信託契約の時に父の財産から切り離されて長男名義となりますが、長男固有の財産ではなく、信託目的のためにのみ存在する独立財産ですから、父の債権者も長男の債権者も、これに強制執行をかけることは法で制限されています。
そして、委託者である父が死亡した時、信託の目的に沿って、死亡後受益者である長男と長女が定期預金の権利を取得し(つまり遺言で相続させたのと同じになり)ますが、既に長男名義になっている定期預金ですから、ほかの相続人の印鑑など不要で、長男の印鑑のみで、父死亡のその日から直ちに解約や払い戻しの手続きができます。
まだ他にも、「伴侶なき後の問題」(配偶者が病弱とか痴呆などにより財産管理能力に不安がある場合の、安定した生活費の給付に信託を活用)や「親なき後の問題」(身体障害や知的障害をもつ子がいる場合の、親が死んだ後の子の将来の生活保障に対する不安と、これに対する手立てとしての信託の活用)など、家族信託の設定には色々のバリエーションがあります。
このような家族信託は、まだまだ一般には馴染みがないため、ほとんどの人はこのような制度があることさえも知りません。
使い勝手のたっぷりある家族信託のほんの一端を紹介させていただきました。

弁護士 高橋 寛