自分亡き後の妻の老後を長女に託しておきたい

Aさんは、事業の失敗をくりかえす長男が、軽い認知症にかかっている妻Bさんの所持金をたびたび持ち出すのを見て、金銭を妻に相続させても無駄になるのでは、と悩んでいます。
長女は近くに住んでいて、堅実な金銭感覚をもっているので、Aさんの目の黒い今のうちに、自分亡き後の妻の老後を、長女に託しておきたいと考えています。
長年連れ添った妻Bさんの老後を、自分亡き後も安心できるものにしておきたいAさんの意向を実現するには、どのような方法があるのでしょうか?
思い浮かぶ候補を挙げて、最もふさわしいものを探してみましょう。
まず、成年後見はどうでしょう。

成年後見

家庭裁判所に申し立てて後見人を決めてもらう法定成年後見と、妻Bさんと長女の契約で長女に後見人を引き受けてもらう任意成年後見の方法があります。
成年後見を利用すれば、妻Bさんの判断能力が著しく衰えたとき、長女が後見人として、Bさんの財産を管理しBさんの生活費や療養費をその中から支払ってくますから、Bさんが相続したお金を長男に持ち出されるのを防ぐことができます。
しかし、法定後見は、Bさんの判断能力が著しく欠けた状態でなければ申立てが通らないので、今すぐに申し立てることはできず、Aさんの生存中に手続きできるかどうか分かりません。
また、任意後見は、契約で取り決めた代理権目録の範囲でのみ後見人の長女が代理権を行使できるという制約がある上、長女は、家庭裁判所に後見監督人の選任を申立て、選任された後見監督人に対し、定期的に(普通は3か月に1度)書面で後見状況を報告する義務があります。
長女はBさんの財産から後見監督人への報酬も支払う必要があります。
次に、負担付き遺贈と呼ばれる遺言の利用が考えられます。

遺言

これは、Aさんが遺言で、「妻Bの生存中は長女がBの生活費や療養費を支払い続けること」という負担を条件に、本来であれば妻Bさんに相続させる筈の金銭を一括して長女に与える内容の遺言書を(できれば公正証書にして)書いておくという方法です。
これで、Bさんが相続する筈のお金を長男に持ち出されるのを防ぐことができます。
Aさんにたっぷり潤沢な資産があれば、この方法でさほどの問題は起きませんが、一般的には向いていません。
この遺言では、Aさんの遺産全体に占める長女の取得する割合が極端に多くなり、長男に対する遺留分侵害の問題をはらんでいるからです。
このように見てくると、いずれも一長一短があり、どの方法によるべきかAさんならずとも悩ましいところです。
次に紹介する高齢者福祉型遺言信託を見てみましょう。

高齢者福祉型遺言信託

これは、Aさんが公証役場に行って遺言公正証書の形で信託を設定しておくもので、たとえば次のような内容にしておきます。
第1条 遺言者は、遺言者の有する別紙「金融資産目録」記載の財産を、次のとおり信託する。

(1)信託の目的   遺言者の妻Bの安定した生活の支援と福祉を確保すること

(2)信託財産    遺言者の有する金融資産のうち金2000万円

(3)受託者     遺言者の長女

(4)信託の期間   妻Bの死亡又は信託財産の消滅まで

(5)受益者     遺言者の妻B

(6)受益者への給付 受託者である長女は、Bに対し、Bの年金などを考慮して、遺言者死亡の翌月から毎月、信託財産からBの生活費、医療費等を手渡し、 又は銀行振り込みの方法で渡す。

(7)信託財産の管理 受託者である長女は、信託財産について、信託に必要な換金等を行い「信託口座甲野E子」など、自分の固有財産と区別できる名義 で預金し、投機的な運用はしないものとする。

(8)終了時の帰属 信託が終了した際の残余信託財産は、遺言者の長男及び長女に均等の割合で帰属させる。

第2条~第5条には、信託財産を除く不動産その他の財産について、妻、長男、長女に相続させる内訳又は割合を記載(本稿では記載を略す)
第6条 遺言者は、この遺言執行者として遺言者の長女甲野E子(平成00年0月00日生)を指定する。
このように、見てくると高齢者福祉型遺言信託が、成年後見、負担付き遺贈の遺言よりも、Aさんの意向を実現するにはふさわしいようです。
勿論、成年後見など他の制度と併用するることによって、より安心な手当ができます。

弁護士 高橋 寛